岡目八目
「臆病者は本当に死ぬ前に何度も死ぬものだ」とシェークスピアは言った。
何かにチャレンジする事を怖がって誰かが歩いた道だけを確認しながら歩いている人間の中に開拓者なんて1人もいない。
リスクを負わずして、良い結果だけを求めても、それは妄想に過ぎない。
でも、後だしジャンケンの方が確実なのだから仕方ない。
そんな感じで、今、一週間ぶりに東京出張から大阪へ戻っています。
最終と言う事もあり、周りは寝ている人ばかりです。
最後尾の座席に座っている事もあり、時々、ドアが開いたり、閉まったり。
そしてドアが開いた時、そこに「匂い」というものが発生する。
気分転換に違う車両に行ってもドアを開けた瞬間、そこにも、やはり匂いというものが充満している。
蓬莱の肉まんやシューマイ、子供、個人に染み付いているもの等々。
でも、不思議なもので、そこに長らくいると、段々と匂いを感じなくなってしまってくる。
そこにいる事で、それが自然になり、環境に順応するのが人間である。
しかし、実はそこが最も怖いところでもあるのだ。
岡目八目を聞いた事がある人も多いと思うが、傍目八目とも言い囲碁からきている。
内容は囲碁を実際にうっているひとよりも傍らから観ている人の方が、八目も上の実力がでると云う事である。
予断だが、囲碁で実力の差がある人同士でうつ場合に、弱い人が先にハンデとして、その差に相当するだけの石(目)を打ってからはじめるもので、そこから「一目置く」という言葉もあるぐらいだから、八目分も差が出るほど、傍で見ると相手の手の内が判るのだ。
自分は、徐々に環境に麻痺してくる。
このままで良いのか?
大きな動きがあるのか?
こっちの方向に進んで良いのか?
僕から見ても相当優秀な経営者で、上場まで狙えて回り出しているのに、それでも僕にコンサルタントを依頼して頂けるのは、勘の働く経営者は、外から見た時の、もう一つの目を求めているからだろう。