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今、何をしなければならないのか?

 
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元船井総研上席コンサルタント。宝飾業界、眼鏡業界のエキスパートとして、約20年以上の実績をもつ。 全国の大手チェーン店をはじめ地域専門店並びに、ボランタリーチェーン、メーカー商品開発にまで多岐に渡るコンサルタント活動を実践。 すぐに成果を出す指導手法には定評があり、暗闇だと思っている状況に光を当てて道を照らすコンサルティング活動を進めている。

昨日は、久しぶりに和歌山の新宮に行って来た。勿論、仕事でであるが、大阪から和歌山へと海沿いを只管走り続ける電車から見える太平洋の車窓は、本当に美しいものだ。

しかし、昨日は生憎の雨で、海は荒れに荒れていた。

きっと、東北で起こった津波は、こんなものでなく、自然のもたらす驚異を感じずにはいられなかった。

和歌山県の南端に大島(串本なので新宮の手前かな)がある。明治23年9月16日の夜9時頃に、日本との外交目的でやってきたオスマン帝国の軍艦エルトゥールル号が台風に遭遇し、岩礁にぶつかった。

軍艦は木造だった為、木端微塵に粉砕し、500名以上の犠牲者を出した。

しかし、中に生き残った者が岩礁をよじ登り、灯台に助けを求めた。

即座に大島村の人達は、夜中にも関わらず皆を集め、一斉に救助に向かい、69名が助かった。

そこで、公民館から小学校やらを全て解放し、手厚く解放をした。

そもそも大島村は漁業の村なので、9月には食糧の蓄積がない。

しかし、村の人達は、ある食糧は全部与え、更に非常食用に取っていた食糧も全て提供したそうだ。

その後、遺体は明治天皇の指令により丁重に弔われ、そして国中から義援金を沢山集め、金剛と比叡という軍艦を出して、生き残った人達をトルコに無事、送り届けたという話がある。

その話を思い出しながら、この辺りかな~と思って海を見ていた。

それから、1985年のイラン・イラク戦争が起こる。その時、サダムフセインは突然「今から48時間後にイラン上空に飛ぶ全ての飛行機を撃ち落とす」と宣言した。

時間は48時間しかない。すぐさま世界中は、駐在している自国民を助ける為に飛行機を送り出し、脱出を企てたそうだ。

当たり前である。ここで連れ出さなければ、この後、戦争に巻き込まれる危険性があり、自国民の命の保証は何もない。

しかし、そこで日本だけは、出遅れてしまう。

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憲法の問題で自衛隊を派遣出来ないこと、民間は危険なので一切飛ばすことを了承しないこと。そして得意の会議が続く。

空港には231人の日本人だけが残り、ただ助けを待っているにも関わらず、48時間が、あと1時間で過ぎ去ろうとしていた。

その時、2機の飛行機が空港に舞い降り、日本人を全員連れて飛び立ったのだ。

この航空機がトルキッシュエアライン。

トルコの飛行機だ。

動けない日本からの要請を受け、即座に飛行機を出し、助けて出してくれたのだ。

何故、こんな危険が伴う状況で他国である日本人を命懸けてまで助けてくれたのか?

答えは、当時の駐日大使であったネジアティ・ウトカン氏が「エルトゥールル号の遭難事件での恩を今もトルコの人達は忘れていません」と言ったそうだ。

これは、昔、講演で聞いた話であるのだが、ふと、頭を過った。

今の日本は大丈夫なのか?

日本人は侍の末裔と言うぐらい慈悲深く、困った人がいれば規則がどうとかでなく、自分を顧みず動く国民性を持っていたのではないだろうか?

今、国は何をしなければならないのか?


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元船井総研上席コンサルタント。宝飾業界、眼鏡業界のエキスパートとして、約20年以上の実績をもつ。 全国の大手チェーン店をはじめ地域専門店並びに、ボランタリーチェーン、メーカー商品開発にまで多岐に渡るコンサルタント活動を実践。 すぐに成果を出す指導手法には定評があり、暗闇だと思っている状況に光を当てて道を照らすコンサルティング活動を進めている。

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